大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3460号 判決

原告

宇野津剛

右訴訟代理人弁護士

由岐和広

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小坂伊左夫

右訴訟代理人弁護士

江口保夫

江口美葆子

泉澤博

戸田信吾

主文

一  被告は、原告に対し、金三七六二万三四五三円及びこれに対する昭和六一年五月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億八三一三万七六七〇円及びこれに対する昭和六一年五月二二日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言(第一項につき)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  宝石ディスカウンター株式会社(以下「宝石ディスカウンター」という。)は、東京都足立区竹の塚一丁目二九番八号に所在する一階貸店舗(以下「本件会場」という。)において宝石展示即売会(以下「本件展示即売会」という。)を開催していたところ、昭和六一年二月一〇日、被告との間で、本件会場に展示していた別紙明細書記載の動産(以下「本件動産」という。)を含む動産を保険の目的として、左記の動産総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

ア 保険期間 昭和六一年二月一〇日午後四時から同月一七日午後四時まで

イ 保険料   二〇万一二六〇円

ウ 保険金額

二億三二六六万八〇〇〇円

2  本件動産は、同月一一日午前一〇時二三分ころ、本件会場において発生した火災(以下「本件火災」という。)により全焼した。

3  本件動産の保険価額は別紙明細書記載のとおり合計一億八三一三万七六七〇円であり(なお、別紙明細書(一四)の番号14の単価及び金額欄に「六二〇、〇〇〇」とあるのは「四二〇、〇〇〇」の、同番号18の単価欄に「一〇、〇〇〇」とあるのは「一〇〇、〇〇〇」の各誤記と認める。)、宝石ディスカウンターは被告に対し、同額の保険金請求権を取得した。

4  宝石ディスカウンターは、同年五月一六日、原告に対し右保険金請求権を譲渡し、同月二一日、被告に対しその旨を通知するとともに原告への支払いを求めた。

5  よって、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、保険金一億八三一三万七六七〇円及びこれに対する履行請求の日の翌日である昭和六一年五月二二日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、本件動産が本件会場に展示されていたことは知らない、本件動産が保険の目的とされたことは否認し、その余は認ある。

2  同2のうち、原告主張の本件火災の発生は認め、本件動産が全焼したことは知らない。

3  同3のうち、保険価額は否認し、主張は争う。

本件保険契約は、契約締結時にあらかじめ保険価額を定めていない未協定保険契約であり、被告は本件動産の存在及び価額を確認していない。また、本件動産は、宝石ディスカウンターが他の業者から販売を委託されたものであり、その所有権を有しないから、被保険利益がない。

4  同4のうち、宝石ディスカウンターから原告への保険金請求権の譲渡は知らない、その余は認める。

三  抗弁

1  損害の不実申告による免責

(一) 本件保険契約には、保険契約者又は被保険者が、保険事故が発生した際に被告に提出する損害状況調書、損害見積書及び証拠書類等に故意に不実の記載をし、若しくはその書類又は証拠を偽造又は変造したときは、被告は保険金を支払わない旨の約定がある(動産総合保険普通保険約款一五条二項)。

(二) 宝石ディスカウンターは、昭和六一年三月一〇日、保険金請求書に動産り災申告書を添付して被告に提出したが、この動産り災申告書には、左記のとおり不実の記載があるから、右約定により被告は免責される。

ア 片穴真珠の数量

右申告書の記載では、片穴真珠は七四六個とされているが、本件火災現場の残土の洗出し作業によって分別確認された片穴真珠の焼残物は七六個に過ぎない。本件火災による焼失、その後の取扱いによる崩壊、微粉化等による減量が三〇パーセント程度あったとしても、本件会場に存在した片穴真珠は98.8個を超えないから、右申告書の片穴真珠の数量の記載は明らかに不実である。

イ 有核真珠の数量

右申告書の記載では、有核真珠連は九七三個とされているが、現場の残土の洗出し作業によって分別確認された有核真珠連の焼残物は二三個であり、その後の鑑定によって10.9連の存在が推定されているに過ぎない。右同様に三〇パーセント程度の減量があったとしても、本件会場に存在した有核真珠連は44.07個を超えないから、右申告書の有核真珠連の数量の記載は明らかに不実である。

ウ 指輪の数量

右申告書の記載では指輪は二〇個とされているが、現場の残土の洗出し作業によって分別確認された指輪の焼残物は二個であり、右申告書の指輪の数量の記載は明らかに不実である。

エ 価額

右申告書に記載された真珠一連の価額の平均は七万九〇九六円であるが、いずれも低廉物であるから、この価額は不実記載である。

また、淡水真珠についても、右申告書には、一連二〇〇〇円ないし七万円と記載されているが、卸値は一連一〇〇〇円ないし一五〇〇円程度であり、この価額の記載は不実である。

2  保険の目的台帳特約違反

(一) 本件保険契約には、保険契約者又は被保険者は、保険の目的を確認するに必要な帳簿等を備え付け、被告の請求のあるときは遅滞なくこれを提示しなければならないこと、この記入を怠り、又は不正の記入をしたときは、被告は保険金を支払わないことが定められている(保険の目的台帳特約条項一条一項、二項)。

(二) しかし、宝石ディスカウンターは、被告の請求にもかかわらず、右特約に基づく帳簿等を提出していないから、被告は右特約により免責される。

3  原告の故意又は重大な過失による事故招致、保険金の不正取得目的

(一) 本件火災による保険事故は、宝石ディスカウンターの取締役であり、実質的な経営者である原告の未必の故意又は重大な過失によって招致されたものであり、また、本件保険契約は保険金の不正取得を目的として締結されたものである。

このことは、左記アないしオの事情から明らかである。

ア 本件火災の発生原因

本件会場は、床面積18.21平方メートル(約5.5坪)で、飾付台、棚等が多数設置されている中で、開放式放射型石油ストーブが四台置かれていたところ、原告は、出火当日、灯油入りのポリエチレン容器から石油ストーブに給油する際、灯油を床にこぼし、それをタオルで拭き取り、これを右容器の上に置き、午前九時二〇分ころ右石油ストーブのうち三台に点火し、午前一〇時一五分ころ、これらの石油ストーブをつけたままの状態で出入口シャッターを施錠し、本件会場を無人にして隣接する別の展示即売会会場(以下「第二会場」という。)に赴いた。本件火災は、このような状況下で、午前一〇時二三分ころ発生したものである。

点火中の石油ストーブの中には、カーテンから一四センチメートル、石油の入ったポリエチレン容器から二一センチメートルしか離れていないものもあったなど、東京都火災予防条例及び石油機器取扱説明書記載の使用方法に違反していた。

イ 原告の不審な行動

①原告は、本件展示即売会の開始時から三日経過した後に、売上金以上の金額の保険料を支払う本件保険契約を締結したこと、②出火当時の本件会場に展示された商品は、以前に同じ会場で開催した展示即売会のときと比較して低価格のものが多く、来客も少なかったこと、③原告は、本件火災当日の午前中の勤務を従業員の岩井川久美子(以下「岩井川」という。)一人にさせ、しかも当日に限って、同人に第二会場の便所の掃除を命じ、本件火災発生の直前の約五分間は本件会場に一人でいたこと、④原告は、かねて石油ストーブの使用方法や給油の際の灯油の扱いについて、従業員から危険性を注意されていたことなど、本件火災発生に至る経過には不審な点が多い。

ウ 被保険利益の不存在

原告は、本件動産の受託者に過ぎないから本件動産の所有者ではなく、したがって被保険利益がないにもかかわらず、本件保険契約を締結している。

エ 原告の事業の失敗

原告は、宝石商として四ないし五回倒産しており、経済的に困窮していた。

オ 損害の不実申告等

前記1、2のとおり、宝石ディスカウンターは、被告に対し損害の不実申告を行い、また保険の目的台帳特約に違反して保険の目的についての帳簿等を提出しない。

(二) 被告の免責ないし本件保険契約の無効等の原因

(1) 動産総合保険普通保険約款三条による免責

本件保険契約には、保険契約者等が故意または重大な過失によって損害を生じさせた場合には保険金を支払わない旨の約定があり(動産総合保険普通保険約款三条)、被告はこの約定により免責される。

(2) 商法六五六条による失効

原告は、右3(一)ア記載のとおり、東京都火災予防条例及び石油機器取扱説明書記載の使用方法に著しく違反する態様で石油ストーブを使用しており、被告の予測に反して、原告の責に帰すべき事由により著しく危険を増加させた。したがって、本件保険契約は商法六五六条によりその効力を失った。

(3) 公序良俗違反による無効

本件保険契約は、保険金の不正取得を目的として締結されたものであるから、公序良俗に反し無効である。

(4) 錯誤による無効

本件保険契約は、保険金の不正取得を目的として締結されたものであるから、被告の受諾の意思表示には要素の錯誤があり、無効である。

(5) 詐欺による取消し

宝石ディスカウンターは、本件保険契約の締結に当たり保険金の不正取得目的を秘し、被告にこのような目的がない旨誤信させ、本件保険契約を締結したものである。被告は、平成六年一一月四日の本件口頭弁論期日において、本件保険契約の受諾の意思表示を詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をした。

(6) 商法六四二条の準用による無効

原告は、本件保険契約締結当時、本件火災の発生を予期していたというべきであるから、商法六四二条の準用により本件保険契約は無効である。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1(一)  抗弁1(一)は認める。

(二)  同(二)のうち、宝石ディスカウンターが昭和六一年三月一〇日に保険金請求書に動産り災申告書を添付して被告に提出したこと、この動産り災申告書には被告主張の記載内容があること、本件火災現場の残土から分別確認された焼残物の個数が焼残物確認書(乙二)の記載上被告主張のとおりであることは認め、その余の事実は否認する。

(三)  原告は、本件保険契約の締結に当たり、保険の目的を明らかにするため、本件会場に展示されていた本件動産を含む動産の仕入れの際の納品書の写し等の関係書類(以下「本件付保明細」という。)を被告の担当者近藤清に交付し、同人は右書面と現物を比較して抜取り検査を行うなどしてその存在を確認して、本件付保明細は保険証書に保険の目的として添付された。したがって、本件動産を含む保険の目的が本件会場に存在したことは被告において確認済みというべきである。

2(一)  抗弁2(一)は争う。

原告は、保険の目的台帳特約条項を含む動産総合保険普通保険約款については、契約締結時に何ら説明を受けておらず、本件火災の発生後に被告から送付されて初めてこれを了知したものであるから、右約款違反を問うこと自体、信義に反するのみならず、右特約条項は、常に異動増減のある保険の目的にのみ適用される旨明記されているところ、本件のような特定の動産の展示即売会においては、保険の目的が常に異動増減するものではないから、右特約は本件に適用はない。

(二)  同(二)は否認する。

右1(三)のとおり、原告は本件動産等に関する本件付保明細を被告に提出しており、その後保険の目的に異動がない段階で保険事故が発生しているから、右特約にいう帳簿等の提出義務は果たされている。

3(一)  抗弁3(一)前文のうち、原告が宝石ディスカウンターの取締役であり、実質的な経営者であることは認め、その余は否認する。

同アのうち、原告の石油ストーブの使用方法が東京都火災予防条例及び石油機器取扱説明書記載の使用方法に違反していたことは知らない、その余は認める。

同イは否認する。

同ウは否認する。本件動産の中には受託品も存在するが、宝石業界における委託販売は、一定期間内に第三者に販売できなかったことを解除条件とする売買契約であり、受託品も含めて宝石ディスカウンターが所有していたものである。

同エのうち、原告が事業に失敗したことがあることは認め、その余は否認する。

同オについては、右1、2のとおりである。

(二)  抗弁3(二)のうち、(1)記載の特約の存在、(5)記載の詐欺を理由とする取消しの意思表示の事実は認め、その余は争う。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  前提事実について

1  争いのない事実

宝石ディスカウンターと被告が、昭和六一年二月一〇日、本件会場に展示していた動産を保険の目的として、本件保険契約を締結したこと、翌一一日午前一〇時二三分ころ、本件会場において本件火災が発生したこと、本件火災の発生状況が、抗弁3(一)ア記載のとおり(ただし、原告の石油ストーブの使用方法が東京都火災予防条例及び石油機器取扱説明書記載の使用方法に違反していたとの点を除く。)であること、宝石ディスカウンターは同年三月一〇日、保険金請求書に動産り災申告書を添付して被告に提出したこと、右申告書には被告主張の記載内容があること、本件火災現場の残土から分別確認された焼残物の個数が焼残物確認書(乙二)の記載上被告主張のとおりであること、宝石ディスカウンターが被告に対し、同年五月二一日、原告に対する保険金請求権の譲渡通知を行うとともに原告への支払いを求めたこと、原告は、宝石ディスカウンターの取締役でその実質的な経営者であること、本件保険契約には、被告主張のような不実申告による免責約定(動産総合保険普通保険約款一五条二項)並びに故意又は重大な過失による事故招致による免責約定(同約款三条)があること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  本件保険契約の締結経過

右1の事実に、証拠(甲一、二の1ないし12、三、四の1ないし4、五の1、2、六の1ないし6、七の1ないし3、一九の5、乙一四、一五、六八の1ないし38、証人近藤清及び原告本人(第一回))を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  宝石ディスカウンターは、昭和六一年二月八日から一〇日間の予定で、本件会場及び第二会場を借りて本件会場には主として宝石類、第二会場及び両会場を結ぶ通路には書画骨董類を展示して、本件展示即売会を開催した。

なお、原告は、宝石ディスカウンターの取締役でその実質的な経営者であり、本件展示即売会においても原告が責任者であった(以下、原告が宝石ディスカウンターを代理する場合にも、単に「原告」ということがある。)。

(二)  原告は、昭和六〇年一二月にも本件会場及び第二会場で同様の展示即売会を開催し、その際、本件会場の賃貸人である株式会社山正を通じて被告を紹介してもらい、被告との間で動産総合保険契約を締結したことがあったため(ただし、契約名義人は株式会社山正、保険金額は一億八一八〇万円であった。)、今回も同様に被告との間で本件保険契約を締結することとした。

(三)  原告は、前回の契約の際と同様に、本件会場及び第二会場等に展示していた動産の明細を明らかにするため、一部については本件展示即売会用の明細書を作成し、残りについては商品を仕入れた際の納品書、商品委託書等の写しを準備した上、昭和六一年二月一〇日、本件会場を訪れた被告の担当者近藤清に対し、右関係書類である本件付保明細及び保険料二〇万一二六〇円を交付し、本件保険契約を締結した。

その際、右近藤は、本件会場及び第二会場の展示品を簡単に見て回ったが、個々の展示品と原告から提示を受けた本件付保明細記載の動産とを逐一付き合わせて照合確認することまではしなかった(この認定に反する甲一五の記載部分及び原告本人(第一回)の供述部分は、証人近藤清に照らして採用できない。)。

また、本件保険契約の保険証券の保険の目的欄には別紙明細書のとおりと記載され、別紙として本件付保明細が添付された。

3  本件火災の発生状況

前記1の事実に、証拠(甲一九の1ないし6、乙三五、証人岩井川久美子、原告本人(第一回))を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は、本件保険契約の締結された翌日である昭和六一年二月一一日、本件会場において、アルバイトの岩井川とともに、金庫にしまっておいた宝石類の飾り付けを行い、本件会場に置かれていた四台の開放式放射型石油ストーブのうちの三台に灯油入りのポリエチレン容器から給油を行い、その際床にこぼした灯油をタオルで拭き取り、これを右容器の上に置き、午前九時二〇分ころ右三台の石油ストーブに点火した。

(二)  原告は、岩井川には第二会場脇の便所の清掃を命じ、同人に遅れて午前一〇時一五分ころ、右石油ストーブをつけたままの状態で本件会場の道路に面したシャッター二面を下ろして施錠し、本件会場を無人にして隣接する第二会場に赴き開店準備を行った。

(三)  午前一〇時二三分ころ、本件会場において本件火災が発生し、本件会場は全焼したが、第二会場の書画骨董類は被災を免れた。

4  焼残物の確認状況

前記1の事実に、証拠(乙二、七の1ないし5、八の1ないし39、九の1ないし13、一〇の1ないし46、二七の1ないし14、二八の1ないし6、四六、六〇ないし六二、六三の1、2、六四、証人梶原亮造、同堀田空雄、同軽島正昭、鑑定人小松博、原告本人(第一回))を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告の担当者らは、昭和六一年二月一三日、原告の立会いの下で本件会場の火災現場から残土を収集し、これを五〇センチメートル四方程度の大きさのビニール袋四〇ないし五〇袋程度に入れて原告宅ガレージに持ち帰り、翌一四日、総勢一〇名前後の者が派遣され、この残土をふるいにかけて焼残物を採取するという作業を行った。この作業は、目の粗いふるいから順次目の細かいふるいに残土をかけて選別し、一応識別可能な宝石等が分別されたが、なお二一袋分の焼残物が残った。

右の分別された宝石等については、同日、被告の依頼を受けた火災保険鑑定人梶原亮造により、本件付保明細との照合確認が行われたが、この照合作業は、もっぱら原告の指示する品名、数量及び価額をそのまま「焼残物確認書」(乙二)に記載するという形で行われた。

(二)  右一四日の作業の際に照合確認ができなかった二一袋分の焼残物については、同月二二日に再度分別を試みることとし、焼残物を再び同様の手順でふるいにかけた上、砂や灰は水で流すという作業が行われたが、本件動産との照合確認の可能な宝石等は発見されず、砂や灰を流した後の焼残物がなお四袋分残った。この四袋分の焼残物については、後に、一袋分は被告の依頼により(乙三)、残り三袋分は本件訴訟上の鑑定により(乙二五)、真珠科学研究所長小松博の分析の試料に供された。

なお、原告は、被告の了解を得て大量の淡水真珠等を廃棄するなどしており、右焼残物の確認過程から漏れた未確認のものがある旨主張し、証人三田万里子、原告本人(第一回)中には、これに沿う供述部分があるが、乙六〇ないし六二、証人堀田空雄、同軽島正昭並びに弁論の全趣旨に照らすと、廃棄されたのは前記焼残物確認書によって確認済みの淡水真珠等であると認めるのが相当であり、したがって、火災による焼失、現場からの採取漏れ、分別作業中の散逸等の余地があり得ることは格別、本件現場から採取された残土は一応漏れなく分別確認作業の対象となったものと認められる。

5  保険金請求

前記1の事実に、証拠(甲二六の1、2、乙一二、一三の1、2の枝番、3、4の枝番、5の枝番、6、七一の1、2、原告本人(第一回))を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  宝石ディスカウンターは、昭和六一年三月一〇日、足立消防署長宛の動産り災申告書(同署長の同年二月一四日付け受理証明が付されている。)を保険金請求書に添付して、被告に対し、保険金一億九三五五万五一八〇円の請求をしたが、被告は右保険金の支払いを拒絶した。

(二)  宝石ディスカウンターは、同年五月一六日、右保険金請求権を原告に譲渡し、同月二一日、被告に対しその旨を通知するとともに原告への支払いを求めた。

(三)  なお、右債権譲渡の前後を通じて、原告の委任を受けた右翼関係者等が被告に対して保険金の支払いを働きかけるなど、第三者が右保険金請求に介入している。

二  本件動産に係る保険事故、保険価額及び損害額について

請求原因については、本件火災当時本件動産が本件会場に存在し、かつ、本件火災により被災したこと並びにその保険価額の点を除き、右一においてすでに認定したところであるから、右の点について以下判断する。

1  本件保険契約の保険の目的

本件保険契約の保険証券には保険の目的として本件付保明細が添付・引用されていることは前示のとおりであり、原告の主張に係る本件動産の明細(別紙明細書)が本件付保明細の記載に依拠していることは弁論の全趣旨により明らかである。

したがって、保険証券の記載を形式的にみた場合には、本件動産はすべて保険の目的とされているかのごとくであるが、本件保険契約の締結に際して、被告の担当者において本件会場の展示品と本件付保明細記載の動産との逐一の照合確認を行っていないことは前示のとおりであるし、少なくとも本件動産がすべて本件火災の被災対象となったことまで直ちに推認させるものとはいえないから、現実に本件火災当時本件動産が本件会場に存在したかどうか、すなわち本件動産が本件火災に係る保険事故の対象となったかどうかは、さらに個別に判断する必要があるといわなければならない。

2  本件付保明細の証明力

そこで、まず、本件動産の存在及び価額に関する最も直接的な証拠である本件付保明細について検討する。

(一)  本件付保明細は、①山正の表題のある一覧表(甲二の1ないし12、乙六八の16ないし32。別紙明細書(一)ないし(五)〔同(五)の番号27ないし29を除く。〕に対応)、②中原匡隆作成名義の商品委託書(甲三、乙六八の15。別紙明細書(五)の番号27ないし29に対応)、③株式会社スズモト作成名義の委託書(甲四の1ないし4、乙六八の11ないし14。別紙明細書(六)に対応)、④千葉アイシン株式会社作成名義の一覧表(甲五の1、2、乙六八の6ないし10。別紙明細書(七)、(八)に対応)、⑤有限会社サンエイコンノ作成名義の商品委託書(甲六の1ないし6、乙六八の33ないし38。別紙明細書(九)ないし(一三)に対応)、⑥宝石ディスカウンター作成名義の納品書(甲七の1ないし3、乙六八の3ないし5。別紙明細書(一四)に対応)からなり、各引用の証拠に、証人中原一義、同三田万里子及び原告本人(第一回)を総合すると、

ア 本件付保明細のうち右①の書面は、宝石ディスカウンターが株式会社山正から本件展示即売会のために販売委託を受けた宝石等について、宝石ディスカウンターの従業員三田万里子が、原告の指示により、現物と逐一照合確認しながら、商品名、数量及び価額を記載して作成したものであること、

イ 本件付保明細のうち右②ないし④の書面は、宝石ディスカウンターが、それぞれ中原匡隆こと中原一義、株式会社スズモト、千葉アイシン株式会社から、本件展示即売会用に委託販売を受けた際の納品関係書類であること(乙一七、一八、二二は右認定を妨げない。)、

ウ 本件付保明細のうち右⑤の書面は、原告が宝石ディスカウンターの在庫商品につき、債権者からの取立てに対して受託品であるかのように装うために、知人が代表者をしている有限会社サンエイコンノからの商品受託書の体裁をとったものであること(乙四の1、2、乙六の1ないし3、証人軽島正昭は右認定を妨げない。)、

エ 本件付保明細のうち右⑥の書面は、宝石ディスカウンターが本件展示即売会用に出品するための納品書であること

が認められる。

(二)  右の認定によれば、右①の書面は本件会場における現物の存在を逐一照合確認した結果を記載したものであり、右②ないし④の書面は、本件動産が本件展示即売会用に宝石ディスカウンターが仕入れた商品の原資料といえるものであって、いずれも客観性を有するものであり、これらに対応する本件動産が本件会場に存在したとの原告の主張を支持するものとして一応評価することができる。

また、右⑤、⑥の各書面については、もっぱら原告しか作成に関与していない内部書類に過ぎないが、その仕入れ先からの納品書、請求書の裏付け証拠が網羅的ではないものの一応提出されており(甲八、九の1ないし3、一〇、一一の1、2、一二の1、2、一三の1ないし3、一四)、また、被告においてその仕入れ先に納品の事実関係を調査するため、香港に担当者を派遣するなどして相当に綿密な調査に当たった(乙一一、二三の1、2、二四の1、2、五二の1、2、五三の1ないし9。なお、本件訴訟における被告の主張立証活動の相当部分は右仕入れ先の調査・弾劾に充てられている。)にもかかわらず、甲二四、二七の1、2、原告本人(第一回)に照らすと、被告の前記仕入れ先関係調査は結局決定的な弾劾証拠とならずに終わったといわざるを得ない。以上を総合すると、本件付保明細のうち右⑤、⑥の書面について、これらに対応する本件動産が本件会場に存在したとの原告の主張を支持するものとして一応評価することができる。

(三)  以上の認定判断からすると、本件付保明細は、宝石ディスカウンターが、本件展示即売会用に本件動産を所持していたとの原告の主張を支持する有力な証拠であると一応評価することができる。しかし、本件動産が本件火災当時本件会場に存在したかどうかについては、さらに後述の焼残物の確認結果等と併せて、総合的に判断する必要がある。

3  焼残物の確認結果に基づく損害額

(一)  焼残物の確認状況は前記一4で認定のとおりであり、結局、本件火災現場の残土から分別確認された焼残物を示す主要な証拠資料は、①昭和六一年二月一四日時点で、火災保険鑑定人梶原亮造により作成された「焼残物確認書」(乙二)、②右時点で照合確認ができなかった焼残物について、被告の依頼により小松博の調査に付された結果である「焼残物中の真珠の分析」(乙三)及び鑑定人小松博の鑑定(乙二五)であるから、以下順次検討する。

(二)  「焼残物確認書」(乙二)

(1) 「焼残物確認書」(乙二)の記載において、焼残物と本件動産との照合確認ができたとされている動産を、別紙明細書に対応させると、別表「確認数量」欄記載のとおりである(なお、乙二には、別表日の番号25につき焼残物を確認した旨の記載があるが、金額欄の記載に照らすと、番号26の誤りであると認められる。)。

(2) なお、焼残物確認書には、書画骨董類の記載もあるが、その大部分は第二会場に展示してあったため本件火災による被災を免れており、本件において請求の対象となっているのは、本件会場脇の通路に展示してあった別紙明細書(五)の番号26ないし29の掛軸四点だけである。

この掛軸については、証人中原一義及び原告本人(第一回)中には、本件火災の消火作業中に冠水したり、汚損したりして商品としての価値を失ったとの供述部分があるが、その後の所在についてはあいまいな供述をしており、右供述を裏付ける写真、鑑定その他当然提出されてしかるべき証拠は一切提出されておらず、結局右掛軸の被害状況を客観的に示す裏付けは皆無である。かえって、証人岩井川久美子によれば、これらの掛軸は本件火災発生直後に冠水、汚損することなく安全な第二会場に運ばれたことが窺われ、また、乙三六の1ないし8(本件火災直後にこれらの掛軸を撮影した写真)からは、少なくとも商品価値を失うような被害は見てとれない。

以上の証拠関係に照らすと、右掛軸が本件火災により被災したとの証人中原一義及び原告本人(第一回)は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3) そこで、右焼残物確認書のうち宝石類について判断するに、右確認書の作成に当たって、焼残物と本件動産との照合確認作業は、もっぱら原告の指示に依拠して行われたことは前示のとおりであり、証人梶原亮造に照らしても、被告においてこの照合結果を承認ないし確認する趣旨まで含んでいるとは認められない。

しかしながら、右焼残物確認書は、まがりなりにも被告の依頼を受けた火災保険鑑定人梶原亮造の名義において「焼残物を確認致しました」としてまとめられた書面であり、また実際問題として、本件動産が火災による損傷を受けた真珠を中心とする宝石等であるという性格上、焼残物との照合確認作業は原告の指示に基づくほかはないと考えられるから、より客観性のある証拠を原告に求めることは不可能を強いるものといわなければならない。

以上の認定判断に、本件動産の存在を一応示唆する本件付保明細の記載及び原告本人(第一回)を総合すると、少なくとも、右焼残物確認書において確認されたとされる宝石類(別表「確認数量」欄記載分)については、本件会場に存在し、したがって本件保険契約の保険の目的であったこと、そしてこれらは本件火災により被災して保険事故の対象となったことが認められるというべきである。

(なお、右焼残物確認書中には「委託者不明」として若干のペンダント、パールの記載があるが、これらについては本件動産との個別の照合確認が不可能であるため、同様に照合不能の他の焼残物と併せて後に検討することとする。)

(4) 次に、これらの動産に係る被保険利益について判断する。

まず、別紙明細書(一)ないし(八)記載分については、原告本人も他の業者から販売委託を受けた物であると供述しているところ、原告はその性質は解除条件付売買契約である旨主張し、被告はこれらの受託品は宝石ディスカウンターがその所有権を有しないから被保険利益がない旨主張するので検討するに、証人中原一義及び原告本人(第一回)によると、右委託関係の内容は次のとおりであることが認められる。

ア 委託者は受託者(宝石ディスカウンター)に対して、卸値に相当する価額(以下「委託販売額」という。)及び委託期間を定めて商品を交付する。

イ 受託者は右期間内であれば当該商品について処分権限を有し、その場合、誰にいくらで売るかは全くの自由であり、委託者から指図を受けることはない。

ウ 受託者が委託期間内に第三者に商品を売却したときは、受託者は委託販売額を委託者に支払う(したがって、第三者への売却価格が委託販売額を超えるときはその差額は受託者が利益として取得し、これを下回るときはその損失は受託者が負担することとなる。)。

エ 委託期間内に第三者に販売されなかった商品は、受託者から委託者に返品される。

以上の認定に基づいて判断するに、右の委託関係においては、委託商品の処分に係る利益・損失の帰属主体は受託者にあり、これに対し委託者は第三者への売却について何らの指図権もなく、その価額のいかんにかかわらず納品時に定められた委託販売額を取得するに過ぎないのであり、これらを総合考慮すると、右委託販売は返品特約付売買契約であって、委託商品の所有者利益は受託者である宝石ディスカウンターに帰属し、宝石ディスカウンターはこれにつき被保険利益を有するものと解するのが相当である。これを実質的に考えても、宝石ディスカウンターは、委託商品を支配し、その処分を委ねられている者として当該商品の滅失による危険を負担していると解されるのであり、現実に、甲四の5、6及び原告本人(第一回)によれば、本件動産の少なくとも一部については、宝石ディスカウンターは委託者に対して委託販売額での代金の支払いを余儀なくされたことが認められるから、こうした危険を自らを被保険者として付保する利益は認められてしかるべきである(乙五九の1、2、七三は以上の認定判断を左右しない。)。この点に関する被告の主張は採用することができない。

(5) そこで、保険価額について判断するに、本件保険契約が契約締結時にあらかじめ保険価額を協定した評価済保険であることを認めるに足りる証拠はないから、別紙明細書記載の価額、すなわち本件付保明細記載の価額をそのまま保険価額として認めることができるかどうかは、さらに個別に判断しければならない。

まず、別表(一)ないし(八)記載分については、本件付保明細記載の価額を委託販売額として、右のとおりの販売委託を受けた物であると認められるから、右価額は仕入れ値に相当するものであり、これを保険価額と認めるのが相当である。

次に、別表(九)ないし(一四)記載分については、仕入れ価格を証する原資料となるべき網羅的な証拠はないものの、前示のとおり、商品の仕入れ先からの納品書、請求書が断片的に提出されており、これらの納品書、請求書に記載された価額が、本件付保明細に記載された価額と一致していることにかんがみると、これらの仕入れ関係の証拠が存在しない分についても、納品書等に現実の仕入れ価額が記載されているものと推認して妨げはない。

さらに、乙九の1ないし13、三九の1ないし11によれば、確認された焼残物のうち一一点を被告が社団法人山梨県宝石貴金属協会に鑑別依頼をした結果、いずれも天然ダイヤモンドその他真正な宝石類であったことが認められる。

以上に本件付保明細の記載及び乙二、原告本人(第一回)を総合すれば、別紙明細書記載の価額は、別紙明細書(一一)の番号6の単価を除き、宝石ディスカウンターの仕入れ値であると認めることができ(なお、乙二には、別紙明細書(二)の番号6の単価につき「平均八、五〇〇」、別紙明細書(一二)の番号18の単価につき「三二、〇〇〇」、別紙明細書(一三)の番号21の単価につき「九〇、〇〇〇」との記載があるが、甲二の3、乙六八の18、37、38に照らし、それぞれ原告主張の金額である四五〇〇円、三万八〇〇〇円、九〇〇〇円と認める。)、また、別紙明細書(一一)の番号6の仕入れ単価は、証拠(甲六の3、乙六八の36)により、六〇〇〇円であることが認められるから、右価額を保険価額と認めるのが相当である。

なお、乙三、二五中には、本件動産の焼残物は低価品であるとの趣旨の記載があるが、そもそも右記載は損傷の激しい淡水真珠、有核真珠及びこれらの破片に基づいて、しかも鑑定人が第三者にまた聞きした結果を記載したものであり、また、別紙明細書記載の価額にも、例えば同じパールネックレスであってもその単価には大きな開きがあり、たまたま確認された真珠の焼残物から右明細書記載の価額を一概に決めつけることにはそもそも無理があるといわざるを得ないのであって、前記認定を左右するものとはいえない。

(6) 以上により、「焼残物確認書」によって照合確認された物(別表「確認数量」欄記載分)についは、本件保険の目的とされ、これが本件保険事故の客体となっていたところ、その保険価額は別表「認定金額」欄記載の金額(なお、別紙明細書(一一)の番号6の保険価額は二万四〇〇〇円となるが、原告主張の金額である二万円の限度で認める。)であると認められる。

そして、乙一によれば、本件保険契約の動産総合保険普通保険約款において、損害額は原則として保険価額により、保険の目的の損傷が修繕可能なときは必要な修繕費を損害額とする旨定められていることが認められるところ、本件動産が修繕可能であること及び必要な修繕費について何ら主張立証のない本件においては、右保険価額をもって本件保険事故による損害額と認めるべきである。

(三)「焼残物中の真珠の分析し(乙三)及び鑑定人小松博の鑑定

(1) 証拠(乙三、二五、鑑定人小松博)によれば、前記一4で認定した四袋分の焼残物のうちの一袋分(乾燥後の重量約10.3キログラム)からは、さらに徹底したふるい分け、超音波による砂・灰等の除去作業を行った結果、淡水真珠及びその破片が1256.0グラム、有核真珠及びその破片が56.7グラム(核4.6グラム、はがれ核50.2グラム、はがれ真珠層1.9グラムの合計)、貴石類1.8グラムなどが検出されていること、残余の三袋分(乾燥後の重量約34.7キログラム)からは同様に淡水真珠及びその破片四四八二グラム、有核真珠及びその破片一六六グラムなどが検出されていることが認められる。

(2) これらの焼残物が、本件火災により被災した本件動産の一部をなすものであることは疑いないが、いずれも火災による損傷が激しく、本件動産との個別の照合確認は不可能であり、その重量等からその価額を算出するほかない。

そして、証拠(乙三、二五、鑑定人小松博)並びに弁論の全趣旨に照らすと、淡水真珠については、一連の重量5.2グラム、一連の価額(卸値)一二五〇円として、有核真珠については、一連の重量三〇グラム(乙三には三〇〇グラムとの記載があるが、乙二五及び鑑定人小松博に照らし、三〇グラムの誤記と認める。)、一連の価額(卸値)一万五〇〇〇円として計算することが合理的であることが認められるから、この計算によると、前記四袋分の焼残物から分別された淡水真珠の保険価額は合計一三七万八七五〇円、有核真珠の保険価額は合計一一万一三四九円となり(円未満切捨て、以下同じ)、少なくとも、この限度では本件保険事故による損害額と推認するのが相当である。

(計算式)

淡水真珠 (1256g+4482g)÷5.2g×1,250円=1,378,750円

有核真珠(56.7g+166g)÷30g×15,000円=111,349円

(3) ところで、前記焼残物確認書には「委託者不明」としてパール(有核真珠の趣旨と解される。)7.5キログラム等が確認されているが、前示の焼残物確認経過からすると、このパールも本件火災により被災した本件動産の一部と認められる。そして、その価額は右(2)と同様に計算して算出するのが合理的であり、計算の結果、三七五万円となる。

(計算式)

有核真珠 7,500g÷30g×15,000円=3,750,000円

(4) 焼残物確認書には、右パールのほかに委託者不明のペンダント(ダイヤモンド、パール等入りとの記載がある。)が合計七三個確認されており、また、乙三、二五及び鑑定人小松博には、サファイアと思われる石を含む若干の貴石、模造真珠、ビーズ類が確認されている。これらは、本件動産との照合確認が不可能であるばかりでなく、ダイヤモンドやサファイア等についての天然物か模造品かの別さえ明らかでないから真珠類のように重量から価額を算出することも相当でない。

そして、右ペンダントは原告の指示にもかかわらず本件動産との照合確認ができなかった物であること、また、原告本人(第一回)中で、本件動産以外にも、伝票も書いていない「おもちゃみたいなもの」が若干あったが、本件では請求していない旨の供述があることに照らすと、これらが原告の請求に係る本件動産の一部であるとは認められないというべきである。

4  焼失、散逸分の損害額

(一)  以上に認定判断したとおり、本件動産のうち、少なくとも「焼残物確認書」(乙二)、「焼残物中の真珠の分析」(乙三)及び鑑定人小松博の鑑定によって現に検出された分については、各認定の限度で、その存在及び保険事故による損害が認められるところであるが、本件動産は火災により罹災した上、消防活動やその後の実況検分作業、さらに残土の採取、焼残物の分別確認の作業等を通じて、焼失、崩壊、微粉化ないし散逸したものも存在すると考えるのが合理的である。

(二)  そこで、このような焼失、散逸等を勘案して、現に確認された焼残物の範囲を超えて、いかなる範囲で本件動産の保険事故が認められるかについて判断する。

(1) まず、本件付保明細が、本件動産はすべて本件火災により被災したとの原告の主張を支持する一応有力な証拠であることは前述のとおりであり、特に本件付保明細のうち株式会社山正からの委託品については、宝石ディスカウンターの従業員が原告の指示により本件会場に展示されていた現物と逐一照合確認して個別にリストアップしたものであるという性格上、その存在が強く推認されるところである。そうすると、焼残物の確認結果の評価いかんによっては、そのすべてが検出されなかったとしても、原告の右主張を採用する余地は十分あると考えられる。

(2) しかし、本件において、残土の採取から焼残物の確認に至る作業は、終始原告の立会いの下に行われ、残土の採取に際しては被告の担当者が原告に採取漏れがないかどうか確認するなどして、ビニール袋四〇ないし五〇袋分もの膨大な量の残土を採取した上、その分別確認作業に当たっても、一〇名前後の者が二日間にわたって徹底的なふるい分けを行うなどして焼残物を分別しており、最終的に四袋分にまで分別された真珠を中心とする焼残物について、真珠の専門家の下でさらに徹底的なふるい分けと超音波による砂や灰の除去作業などを経て、上記の真珠類等が確認されたのであり、残土から本件動産の焼残物を確認しようとする上記一連の作業は、およそなしうる可能な限りの努力が払われていると考えられるのに、このような過程を経て確認されたのは前記3(三)(1)の限度であり、原告主張の本件動産のごく一部を占めるに過ぎないことは明らかである。

右のような徹底した確認作業が行われているにもかかわらず、原告の主張する別紙明細書と確認結果との間にこれだけ大きな落差が生じているのは、その相当部分について本件会場に存在しなかったことを疑わせるに足りる事実というべきである。

(3) 右(1)、(2)を比較検討するに、本件動産がすべて本件火災により被災したかどうかについては、原告の主張を支持する有力な証拠(とくに本件付保明細)と、これを弾劾する証拠及び事実関係(特に焼残物の確認状況とその結果)が相拮抗していると見られるところである。

たしかに、焼残物の確認結果は、本件動産の被災の事実を示す最も直接的かつ客観的な証拠であるが、右のとおり焼残物の確認のための一連の作業が事後的になしうる最大限の努力を払って行われたとしても、本件火災現場の残土の採取作業やその後の分別作業において、どの程度の採取漏れや散逸があったか、また真珠や宝石等が火災によりどの程度焼失、崩壊するのか、客観的な検証は困難であり、したがって、この点については、肯定にも否定にも決定的な証拠及び事実は存在しないといわざるを得ない。

もっとも、以上の事実関係の下において、本件動産の焼失、散逸等による減量が全くないものとして本件保険価額を算定することも不合理の憾みを免れないから、証拠(乙三、二五、鑑定人小松博)に照らしつつ、前記認定の本件火災の状況、焼残物確認過程から常識的に想定しうる限度でこれを勘案すると、本件動産との個別の照合確認が不可能な部分に対し、淡水真珠については三〇パーセント、有核真珠については二〇パーセント宛それぞれ加算した限度で焼失、散逸等があったものと推認して、これを本件保険事故による損害と認定するのが相当である。

そうすると、本件動産のうち個別の照合確認が不可能な分についての本件火災による損害は、右の加算分を含めて計六四二万五九九三円と認められる。

(計算式)

1,378,750円×1.3+(111,349円+3,750,000円)×1.2=6,425,993円

(4) そして、原告主張の本件動産のうち、以上に認定した現に分別確認された焼残物に係る分及び焼残物からの推認に係る分を除くその余の物が、本件火災当時本件会場に存在し、かつ、本件火災により被災したかどうかについては、本件全証拠に照らしても、ついに真偽不明というほかはない。

5 以上の検討によれば、本件動産のうち、別紙明細書との個別の照合確認が可能なものの損害額の合計は、別表「認定金額」欄記載の合計三一一九万七四六〇円となり、個別の照合確認が不可能ではあるが本件動産の一部と見られるものの損害額の合計は六四二万五九九三円となる。したがって、本件火災による保険事故に基づく損害は以上合計三七六二万三四五三円の限度に止まるものというべきであり、原告の本訴請求中、右金額を超える部分については、抗弁を判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

三  抗弁1(損害の不実申告)について

1  本件保険契約には、被告主張のような不実申告による免責約定(動産総合保険普通保険約款一五条二項)があること、宝石ディスカウンターは、昭和六一年三月一〇日、足立消防署長宛の動産り災申告書を保険金請求書に添付して、被告に対し、保険金一億九三五五万五一八〇円の請求をしたこと、しかし、本件動産の本件火災による損害が三七六二万三四五三円の限度でしか認定できないことは前示のとおりである。

2  そうすると、本件保険請求に係る損害の申告は被告主張のように右約定にいう不実申告に当たるのではないかとの疑いが生ずるが、保険事故に係る損害額の立証責任は原告にあるのに対し、不実申告に基づく免責の抗弁において、損害の申告が不実であったことの立証責任は被告にあるというべきである。このような立証責任の分配を前提に考えると、たしかに、原告において本件動産の保険事故の発生及び損害について立証に成功したのは前記の限度にとどまるが、これを超える範囲の損害については前示のとおり真偽不明なのであり、このことは右申告が不実であったことまで当然に意味するものではない。そして、前記二における認定判断を総合考慮すれば、結局のところ、本件全証拠によっても、宝石ディスカウンターの前記損害の申告が不実であったとまで積極的に認定するには足りないといわざるを得ない。

よって、抗弁1は理由がない。

四  抗弁2(保険の目的台帳特約違反)について

1  乙一によれば、本件保険契約の動産総合保険普通保険約款には「商品、受託品、その他常に異動増減のある保険の目的」にのみ適用される特約条項として、保険の目的台帳特約条項があること、その第一条には、保険契約者又は被保険者は、保険の目的を確認するに必要な帳簿等を備え付け、被告の請求のあるときは遅滞なくこれを提示するものとし、この記入を怠り、又は不正の記入をしたときは被告は免責される旨規定されていることが認められる。

2  しかし、本件において右特約条項の適用があるかどうかをさておいても、右特約条項が保険契約者等に要求しているのは「保険の目的を確認するに必要な帳簿等」であり、商法三二条、三六条の商業帳簿の作成、保存義務、物品税法上の記帳義務の規定にかかわらず、「帳簿等」の書類の体裁、形式についてまで具体的に指定している訳ではない。

これを本件についてみるに、原告は、前示のとおり、保険の目的を確認するために本件付保明細を備え置き、その写しを被告の担当者近藤に交付しており、しかも本件付保明細は、保険証券において保険の目的の記載に代えて引用・添付されているのであるから、仮に本件において右特約条項の適用があるとしても、宝石ディスカウンターにおいて、保険の目的を確認するに必要な帳簿等の備付けの責務を果たしているというべきである。乙五九の1、2、七三は右認定判断を左右しない。

よって、抗弁2は理由がない。

五  抗弁3(原告の故意又は重大な過失による事故招致、保険金の不正取得目的)について

1  本件保険契約には、保険契約者が故意又は重大な過失によって損害を生じさせた場合には保険金を支払わない旨の約定があること、原告が保険契約者である宝石ディスカウンターの取締役であり、かつ、実質的な経営者であることは前示のとおりである。

2  被告は右約定に基づく免責を主張するので、まず、故意による事故招致の点について判断する。

(一)  本件火災の発生状況は前記一3記載のとおりであり、これに証拠(甲一五、一九の1ないし6、乙三二、三三の各1、2、三五、証人岩井川久美子、原告本人(第一、二回))を総合すれば、

ア 原告は、木造二階建貸店舗・事務所の一階部分の床面積18.21平方メートル(約5.5坪)という狭い本件会場において、しかも室内には展示用の飾付台や棚等が多数設置され、壁面には汚れを隠すとともに商品展示用も兼ねて布を画びょうで止めて張り巡らしてあるという状況下で、三台もの開放式石油ストーブに点火していること、

イ しかも、右石油ストーブはいずれも飾付台や壁に近接して置かれており、特に西側中央に置かれた石油ストーブは、ストーブ右側面から便所入口のカーテンまでの距離が一四センチメートル、カーテン奥に置かれた灯油入りの一八リットル用ポリエチレン容器四個(うち三個は灯油が満杯で、その上にはこぼれた灯油を拭いたタオルが置かれていた。)までの距離が二一センチメートル、ストーブ背面から壁までの距離が一五センチメートルと引火の可能性のある物に近接して置かれていたこと、

ウ 原告は、右三台の石油ストーブを点火したままの状態で本件会場の道路に面したシャッター二面を下ろして施錠し、本件会場を無人にしていること、

エ 本件火災当日、本件会場には原告とアルバイトの岩井川しかいなかったが、原告が本件会場を出る際、岩井川が先に本件会場を出て、短時間ではあるが原告が本件会場に止まっており、本件火災の発生はその直後のことであること、

オ 原告は、本件火災の発生のころ、岩井川に普段は命じていない第二会場の便所の清掃を命じていること、

カ 本件保険契約は、原告が本件会場において本件展示即売会を開始した昭和六一年二月八日から三日後の同月一一日に締結されており、しかも、この間ほとんど売上がなかったにもかかわらず原告は二〇万円余りの保険料を支払っていること、

キ 本件火災は本件保険契約締結の翌日に発生していること、

ク 原告は、インド風景画家のほか、昭和三七年ころから宝石・貴金属類の販売業、宝石鑑定業を営み、いくつかの会社の設立、運営に関与し、何度か倒産も経験しており、昭和六〇年一〇月には、自らが代表者をしていた有限会社トオル企画が倒産して、本件火災当時、右会社の六〇〇〇万円くらいの債務を負担し、自宅の土地建物に多数の抵当権等を設定し、そのほかにも多額の借金を抱えていたこと、

ケ 原告は、右翼関係者等に本件保険請求事務を委任するなどしており、第三者が介入した経緯があること

などの事実が認められ、これらの事実は、被告主張のように本件火災が原告の未必の故意により招致されたのではないか、遡って、本件保険契約自体、保険金の不正取得を目的としたのではないかと一応疑わせるものということができる。

(二)  しかし、他方において、

(1) まず、前記(一)アないしエの点についてみるに、本件火災当日の朝、本件展示即売会の開店準備に従事していたのは原告とアルバイトの岩井川の二人だけであったこと、二月上旬という時期であるから夜間火の気のなかった本件会場は当然冷えきっていたであろうと考えられること、本件会場は人通りの多い道路に面した一階にあり、付近は雑居ビルや住宅が密集している商業地域で(甲一九の2)、施錠することなく無人にするのは防犯上の危険が予想されることを考えると、原告が金庫にしまっておいた宝石等を飾り付けるなどの本件会場の開店準備を終えた後、隣接する第二会場の開店準備のため、本件会場のストーブを点火したまま、シャッターを下ろして施錠し、本件会場を一時的に無人の状態にしたという一連の行動は必ずしも不自然な行動であるとはいえない。

(2) 次に、前記(一)オないしケの点については、それ自体から未必の故意による事故招致を推認させるに足りる事実とはいえず、せいぜい決定的な間接事実の存在を前提にした場合に、これを補強する程度の意味しか持たないと解される。そして、原告は以前にも本件会場及び第二会場で本件と同様の展示即売会を開催し、被告との間で本件保険契約と同様の内容の保険契約を締結していること、本件保険契約の締結が本件展示即売会の開始時より遅れたのは、株式会社山正を通じて電話で申込みをした後に被告の手続が遅れたためであることが窺われること(甲一五、原告本人(第一回))、原告が過去において同種の保険金を取得した事実も認められないこと等を考慮すれば、やはり原告の未必の故意を推認させるべき事実として過大に評価することはできない。

(3) また、原告に損害の不実申告の事実を認めることができないことは前示のとおりであり、したがって、本件の保険金により保険事故の実損害を上回る利益が期待できるような状況であったとも認められない。なお、原告は、商品の委託先の一部に対してはすでに代金の支払いを余儀なくされており、本件会場の賃貸人である株式会社山正からは、昭和六一年中に本件保険金請求権の仮差押えを受けた上、建物焼失による損害賠償請求の訴えを提起され、昭和六二年一〇月一五日、損害賠償として二五〇〇万円を支払う旨の訴訟上の和解を成立させ(甲二八)、その後本件火災から二年余を経過して、被告に対し本件訴えを提起している。

(4) さらに、甲一九の1、2によれば、足立消防署の調査の結果では、内部放火の可能性も完全には否定できないとしつつ、本件火災の原因は「石油ストーブ背面壁体に画びょうで止めてあった白布が、何らかの原因で画びょうがゆるみ石油ストーブの上面板に落下したために出火したもの」と推定されており、その推論過程にも格別不合理な点はなく、また、警察当局において本件火災を原告による放火事犯として捜査したような形跡はない。

(三)  以上の認定判断を総合考慮すると、本件全証拠をもってしても、本件火災が原告の未必の故意による事故招致であったと認めるに足りないというべきである。

3  次に、本件保険事故が原告の重大な過失によって招致されたかどうかについて判断する。

(一)  たしかに、前記2(一)ア、イ、ウのとおり、引火の可能性のある物に近接して三台の開放式石油ストーブに点火し、そのままの状態でシャッターを下ろして施錠し、本件会場を無人にした原告の行為は、液体燃料を使用する器具の取扱い基準の一つとして火災予防上安全な距離を保つべきことを定めた東京都火災予防条例(昭和三七年三月三一日東京都条例第六五号)一八条一項一号、二項一号に違反していたものと認められ、また、財団法人日本燃焼器具検査協会の作成した開放式石油ストーブの取扱説明書・注意書に照らしても、本件火災の発生が少なくとも原告の過失に基づくものであることは明らかというべきである。

(二)  しかし、本件保険契約の前記約定にいう重大な過失とは、ほとんど故意に近い注意欠如の状態、すなわち、通常人に要求される程度の相当の注意をしないでも、わずかの注意さえ払えば違法、有害な結果を容易に予見することができたのに、漫然これを怠ったために右結果を予見できなかった場合をいうと解すべきであるから、本件において、注意義務の内容及びその違反の程度をさらに具体的に検討しなければならない。

(1)  本件火災は、本件会場の西側中央の石油ストーブ付近が火元となったことは推察されるものの(甲一九の1、2)、原告の前記(一)の行為から本件火災が発生した機序については必ずしも明らかでない。すなわち、右石油ストーブの右側面からカーテンまでの距離が約一四センチメートルしか離れていないとはいえ、締め切って風のとおらない室内で、カーテンがストーブに接触する可能性はほとんど考えられず、また、右カーテンのすぐ奥に灯油の入ったポリエチレン容器(その上部にはこぼれた灯油を拭ったタオルが置かれている。)があったとはいえ、よほど長時間加熱を続けた場合ならば格別、本件の事実関係の下では、室内がそれほど高温になっていたとは想定しがたく、引火性の弱い灯油にカーテンを隔てて引火したと考えることも困難である。そうすると、仮に、本件火災の発生機序がこのようなものであったとしても、右石油ストーブからの引火、延焼という結果発生を容易に予見し得たということはできない。

(2)  次に、右石油ストーブの背後の壁面に画びょうで止めてあった布が落下してこれに引火した可能性は否定できず、足立消防署の火災原因判定結果においても最終的にはこの結論を採用しており、本件火災発生の機序としては、最も可能性が高いものと解される。しかし、証拠(甲一九の2、証人岩井川久美子、原告本人(第一、二回))によると、本件会場の壁面に汚れを隠すとともに商品展示用も兼ねて布を画びょうで止めて張り巡らすという状態は、本件展示即売会を開始してから本件火災発生まで少なくとも四日間にわたって継続していたことが認められるのであり、右布が、よりによって室内を無人にした数分の間に、点火中の石油ストーブの上に落下することを予見することが、それほど容易なことであったかは疑問というべきであり、少なくとも、この布の固定方法が不十分であったなどの具体的な状況が証拠上明らかでない本件においては、前示認定を総合しても、いまだ重大な過失を基礎づけるには足りないというべきである。

(3) なお、証人岩井川久美子の証言中には、本件会場内には広告紙がいまにも落ちそうな状態で貼ってあったとの趣旨の供述部分があるが、原告本人(第二回)によれば、この広告紙は、推定出火元である中央西側のストーブから離れた入口及びはめごろしの窓にのみ、しかも外側から貼ってあったことが窺われるところであり、原告の重大な過失を基礎づけるものではない。

(三)  そして、他に本件火災が原告の重大な過失に基づくものであることを認めるに足りる証拠はないから、本件火災が原告の重大な過失による事故招致である旨の被告の主張は採用することができない。乙五九の1、2は右認定判断を左右しない。

4  商法六五六条による失効について

被告は、前記認定のような石油ストーブの使用が商法六五六条にいう危険の著しい増加に当たる旨主張するが、被告の担当者近藤清が本件保険契約を締結した際、すでに本件展示即売会が開始されていた本件会場を現に検分していることは前示のとおりであり、原告本人(第一回)によれば、右保険契約締結当時と本件火災発生当日とで石油ストーブの使用方法に差異があったことは窺われず、この間、著しく危険が増加したと認めるに足りる証拠はない。

5  保険金の不正取得の目的について

被告は、宝石ディスカウンターは本件保険契約締結時に保険金の不正取得の意図を有していた旨主張するが、これまでに認定判断したとおり、原告の故意による事故招致の認められない本件において、遡って本件保険契約締結時に保険金不正取得の目的があったことを窺わせる事情は見当たらない。

したがって、これを前提とする本件保険契約の公序良俗違反ないし錯誤による無効、詐欺による取消し、商法六四二条の準用による無効をいう被告の各抗弁は、いずれもその前提において失当である。

6  以上により、抗弁3において被告のるる主張するところは、いずれも理由がない。

六  以上のとおり、原告の請求は、被告に対し、本件保険契約に基づき、保険金三七六二万三四五三円及びこれに対する履行請求の後である昭和六一年五月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官宮坂昌利 裁判官岡崎克彦)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例